July 31, 2013

gui #99

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gui vol.35 no.99, August 2013

表紙:高橋昭八郎


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● 詩誌『gui』99号より、詩とスクリーンプリントの連載、“Ms.cried”を書いております。

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Ms.cried―ミズクライドは、「水喰らい土」と書きます。
武蔵野台地には、厚い火山灰の関東ローム層の下に礫層があり、
雨水がすべてそこに吸い込まれてしまうという伝説の土地があります。
こちらのエッセイも、ぜひ、ご覧くださいませ。

投稿者 orangepeel : 09:11 PM | コメント (0)

July 30, 2013

be an angel

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© hiromi suzuki, 2013

collage and watercolour painting on screen print.

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July 29, 2013

NONAKA Yuri

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野中ユリ 《マルセル・プルーストと弟》 1996年 コラージュ 神奈川県立近代美術館蔵

野中ユリ展 美しい本とともに : NONAKA Yuri - Those Beautiful Books

2013年6月8日−9月1日 @神奈川県立近代美術館 鎌倉別館

‘野中ユリは、銅版画、さらには、コラージュやデカルコマニーで自己表現をしてきた芸術家だが、常に彼女が表現したいのは、彼女自身の理想的なイメージである。汚れなき純粋な世界を表そうというのが彼女の願望である。彼女が、銅版画を選んだのは、宿命のようなものだ。それに続いて、瀧口修造が好んで描き始めたデカルコマニーの透明感は、閉塞感を打破するのに最も効果的な表現手段であった。彼女はデッサンをするでもなく、油彩画で具象的な絵画を描くわけでもなかった。彼女にしてみれば、アカデミックな教育から離れて、心に湧き出るイメージを典型的なシュルレアリズムの技法であるコラージュを用いて、時代を駆け抜けるようにして表現していった。もはや芸術運動の一環としてではなく、デカルコマニーやコラージュの表現が市民権を得たような時代と風土の中で、徐々に野中ユリは活躍の場を広げていったのである。

【中略】

 野中ユリが憧れの芸術家にまつわるイメージをコラージュで作り上げた一九九〇年代の傑作シリーズも、一作家が過去の芸術家から霊感を得て視覚表現をなし、彼らに捧げたオマージュと言えよう。今回、神奈川県立近代美術館鎌倉別館で九月一日まで開催されている「野中ユリ展―美しい本とともに」出品作の《マルセル・プルーストと弟》は、野中ユリがマルセル・プルーストの生涯や作品群から受けた印象を、コラージュという技法を駆使して、新たに視覚的なイメージで表現したものである。ここで表されたプルーストは、ジャック・エミール・ブランシュが描いたダンディな青年像でも、死の間際のプルーストの姿でもなく、幼き日に弟と一緒に並んで撮影されたイメージである。そこで野中ユリが憧れたのは、ルイス・キャロルのアリス同様に、無垢なる子供のイメージであり、さらにそこから広がりを見せる十九世紀末から二十世紀初頭の文化的デカダンの雰囲気なのである。健全さと退廃的な気分がないまぜになって、さらに透明感を持たせようとするオーロラが流れる大宇宙。そこに鉱石や可憐な花が散りばめられ、いかにも非現実的な日常が視覚化されている。

【中略】

 ところで、文学と絵画の結合とは、二つのものを合わせるだけで、一足す一は二という風に単純に足し算したような形で増えるというものではなく、何らかの不思議な融合体が生まれ出るわけである。そこに文学と絵画の交響という化学反応を起こしながらの混合物が生じるのである。その面白さが一人の芸術家の手によって行われることもあるし、文学者と芸術家が分業してひとつの芸術作品を生み出すということもありうるのである。こうして見ると文学と美術というのは時代を超えて常に寄り添いながら様々な姿形を変えて新しい形態を生み続けていくもののようである。’
『現代詩手帖』 2013年8月号 【特集】詩と絵――幸福な出会い 橋 秀文「現代詩画人の冒険 野中ユリの場合」(p.57-59)


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『現代詩手帖』 2013年8月号 【特集】詩と絵――幸福な出会い


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FENCE

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fence winter 2011

_____ Founded in 1998 by Rebecca Wolff, Fence is a biannual journal of poetry, fiction, art, and criticism that has a mission to redefine the terms of accessibility by publishing challenging writing distinguished by idiosyncrasy and intelligence rather than by allegiance with camps, schools, or cliques. It is Fence‘s mission to encourage writing that might otherwise have difficulty being recognized because it doesn’t answer to either the mainstream or to recognizable modes of experimentation. Fence is long-term committed to publishing from the outside and the inside of established communities of writing, seeking always to interrogate, collaborate with, and bedevil other systems that bring new writing to light. _____

FENCE from Fence Portal

投稿者 orangepeel : 09:30 PM | コメント (0)

July 28, 2013

L'écume des jours #255

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© photo by orangepeel

brocante.

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July 27, 2013

Robert Motherwell

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Poet (1) 1961
Lithograph on paper

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[no title] 1964
Screenprint and collage on paper

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Untitled C 1970
Screenprint on paper

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America-La France Variations II 1984
Lithograph and paper on paper

Robert Motherwell from Tate

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"I almost never start with an image. I start with a painting idea, an impulse, usually derived from my own world."

from From Your Desks

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July 26, 2013

Charles Clifford

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Obras del Canal de Isabel II: Acueducto de la Sima, Charles Clifford, 1855.

_____ Clifford, known mostly for his daguerreotype, calotype and wet plate collodion images of scenes from around Spain, he was, together with the French photographer, Jean Laurent, one of the leading photographers of his day in Spain. _____
Charles Clifford (en.wikipedia)

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July 25, 2013

Peter Heckwolf

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Peter Heckwolf, Bauhaus-Universität Weimar via victoria thorne

( thank you so much for sharing your valuable experience, victoria ! )

投稿者 orangepeel : 07:46 PM | コメント (0)

July 24, 2013

paula roush

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“Flora mccallica” by paula roush

flora mccallica: prints developed with stone lithography, during a residency at the frans masereel centre, july 2013

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July 23, 2013

where the sunsets

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© hiromi suzuki, 2013

collage and watercolour painting on screen print.

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July 22, 2013

Lee Miller

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Dylan Thomas, Vogue studio, London, England (1946) from The Guardian

Photograph: Lee Miller

*more --> LEE MILLER ARCHIVES

投稿者 orangepeel : 11:47 PM | コメント (0)

July 21, 2013

Dada Poem

To make a Dadaist poem

Take a newspaper.
Take a pair of scissors.
Choose an article as long as you are planning to make your poem.
Cut out the article.
Then cut out each of the words that make up this article and put
them in a bag.
Shake it gently.
Then take out the scraps one after the other in the order in which
they left the bag.
Copy conscientiously.
The poem will be like you.
And here you are a writer, infinitely original and endowed with
a sensibility that is charming though beyond the understanding of
the vulgar.

– Tristan Tzara, 1920

from Poetry Magazines

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from The Art History Archive

投稿者 orangepeel : 07:52 PM | コメント (0)

July 20, 2013

Ornithology

Ornithology, 2013 flip book machine from Juan Fontanive on Vimeo.

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July 19, 2013

Brighton Beach, 1961

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Brighton Beach, 1961, oil and collage on canvas, 36 x 50 in.

from Harold Keller Artist

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July 18, 2013

Children on lily pads

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from Retronaut

投稿者 orangepeel : 11:22 PM | コメント (0)

L'écume des jours #254

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© photo by orangepeel

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July 17, 2013

Pierre Dubreuil

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Pierre Dubreuil 'ELÉPHANTAISIE', 1908 from

_____ Since 1904 he used the Rawlins oil print process which became his favourite printing process and which he used until 1930. 1910 he sent Alfred Stieglitz two prints. None was published in Camera Work, but six of those prints were exhibited at the International Exhibition at the Albright gallery in Buffalo. _____
Pierre Dubreuil (en.wikipedia)

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Poor Love


Donovan - Poor Love

1967 Dramma film Directed by Ken Loach.

via Edwyn Collins (‏@EdwynCollins) on twitter

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L'écume des jours #253

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© photo by orangepeel

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July 16, 2013

we can be happy with

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© hiromi suzuki, 2013

collage and watercolour painting on screen print.

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July 15, 2013

dining car

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“A dining car in the middle of the 20th century, such as on the Santa Fe Railroad's Super Chief, featured tables topped by white cloths, china and glassware, and attentive service. ”
from THE BLADE

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“POSTCARD - CHICAGO - TRAIN - UNION PACIFIC - DINING CAR INTERIOR ON CHALLENGER WEST COAST TRAIN – c1940”
from CHUCKMAN'S PHOTOS

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“Dining car in the 1950's”
from Azerbaijan Days

 ‘車内につくりだされた我が家の雛型。しかしながら、このテーマは、デラックスなレストランという神話的な代替物がうまくかわりをつとめるように巧妙に回避され、わきにそらされている。旅行が解体されるというか、少なくとも昇華されたとき、再び見出されるのは我が家などではない。それは祝祭、「出口」、人生の日曜日である。掃除や料理は職人が引き受けてくれるし、尊敬に値する彼らの名前がメニューにも記載されている(チーフはべラール、コックにはクーティ)。われわれは、責任ある職人仕事による生産物を消費することになっている。ここでは、すべてが食品工場のありきたりの無名性を克服している。もちろん、メニューは豪華な料理を定義するあだ名づけの法則にもとづいている。それぞれの料理につけられた名前は、その品が薄暗い厨房から運び出されて、郊外とか操車場の風景とつけあわせになっているだけに、いっそう威光をはなっているのだ。これこそ必要に対する自由の勝利である。ラロッシュ=ミジェンヌを列車で通過しながら、バグラシオンのシタビラメの切り身をいただくことにまさる栄光があろうか。ここには名前のついていない物は一つもない。水煮はかならずムニエルとなるし、炒め物はココット、粉っぽいポタージュはポルトガル風クリームといったぐあいだ。そのうえ、機能的には野菜を添えた肉にすぎないものが、仰々しくも三つの別々の名前に分けられて値段がつけられているのだ。これはわれわれの自宅では小市民的な贅沢というものが数の多いことだときまっているからである(大衆的な食堂では、料理の名前は逆に肉に集中していて、野菜は「つけあわせ」としか呼ばれない)。

【中略】

・・・旅行者はいやおうなく飲食のリズムに従属させられる。そのリズムの単位は《波》である。激しい合理化の一番のしるしは、あらゆる給仕の操作がばらばらになっていて、どれかひとつが完了しないと他の操作が始まらないことである。食事は途切れとぎれに飲んだり食べたりするだけのこととなっている。ものを飲み込んで次を待っている光景は、厩舎にならんだ牛のようだ。つぎつぎと餌が運ばれてくるままに、受動的に食べさせてもらっているのである。番人せわしなく立ち働き、配給用の通路に沿って飼料を公平に配ろうとしている。食事には十三回の《波》がある。食前酒がきて、飲み物の注文をすると、ワインの栓抜きをしてくれて、料理の給仕が五回、パンのおかわりがあって(パンは少々堅くて安っぽく。口開けのプチパンとは雲泥の差である)、コーヒーを飲み、リキュールをあけると、伝票がきてお勘定である。これは融通のきかない手続きであり、そのせいで、しまいには余暇全体が、それが優雅に昇華するとうたっていた事柄をむきだしにしてしまう。すなわち、お腹をとことん満足させるということをあからさまにしてしまうのだ。ささいな決めごとに至るまで、こうした異国趣味の麗しい料理名にありふれた栄養の内容を与えることに貢献していないものはない。

【中略】

 とどのつまり、クックのサイクルのなかでわれわれを驚かせるのは、「旅行=の状態で=食べること」が不可避に持っている物質性を、無欲公平のヴェールによって覆い隠そうとする、あのシジフォスの神話にも似た努力であり、(空間や時間の)制限の幾何学的な厳密さと、接客態度の柔らかさとのああした奇妙な衝突である。しかし、乗客がお金を払っているのは、たぶんこういった努力のスペクタクルそのものにたいしてなのだろう。クックはわれわれに弁証法の初歩を教えてくれる。旅行が否定されながらも感じ取られ続けるような、そんな矛盾を証明してくれているのだ。食事は移動のあいだにも旅行者を座らせる。固定されたガラス窓に沿って、風景が流れてゆく。それは食事の決まりごとの束の間の添え物になる。食物をつうじて、われわれは携帯された不動性の一部分となるのだ。このように、人間が移動を行うのは、つねに移動の上に家の上部構造を与えようとするためであり、人間が土地を離れるのは、つねに土地に担保を求めることによってである。あらゆる旅行術の目的は、不動性という錯覚そのものである。別れの涙と悦びのなかで、クックは安定性というスペクタクルを売りつけているのである。’
「食堂車」 一九五九年三月一八日 / ロラン・バルト 『小さな神話』 (p.44-52) より


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『小さな神話』 ロラン・バルト 著 / 下沢和義 訳 (青土社, 1996)


*写真とテクストは関係ありません


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July 14, 2013

La Tour Eiffel

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『エッフェル塔』 ロラン・バルト 著 / 宗左近・諸田和治 訳 (審美文庫, 1984)

_____ エッフェル塔を論じながら、バルトは自己の想像力を自在に操り、塔によって触発される象徴のイメージを次から次へと変貌させることで、塔そのものを変身させてゆく。・・・・・・塔はその高さ、軽さ、すき間などから植物の象徴でありそれはまたついで、堅い前胸部をもち、脚をもぎ取られた昆虫の象徴となる。さらに塔の象徴のイメージは、バロック存在、人間のシルエット、女性、男性へと変貌し、最終的にこの暗喩的空間は無限の変貌を許容するがゆえに、人間の限界へのたわむれ、すなわち<不可能性>へのたわむれとなる。・・・・・・エッフェル塔という表徴が、固定した単一の意味へ結びつく宿命から自由になったとき、それは限界をもたない暗喩、無限に拡がってゆく想像力によって支えられた象徴となる。・・・・・・こうした対象のとらえ方は、決してエッフェル塔に対してのみ適用されるものではない。ここにこそ、バルトの考え方の原型とでもいうべきものがある・・・・・・。 _____
表4 (解説より)


私たちは、決して本当の“私”を見る(知る)ことができない。
“私”は私の中にいて、鏡にうつる私も写真に微笑む私も“私”ではないのだ。
他者から見られる私も、私の知らない(知ることができない)“私”である。

 ‘モーパッサンは、自分が少しも好きではないエッフェル塔のレストランで、しばしば食事をした。だってここは、私がパリで塔を見ないですむ唯一の場所だからさ、と言いながら・・・・・。 
 実際、パリで塔を見ないためには無限の配慮をしなければならぬ。どんな季節でも、晴れた日はもとより、霧、黄昏、曇、雨のときでも、どんな地点からでも、また屋根、円屋根、葉むらの作るどんな風景があなたを隔てていようと、塔はつねにそこにある。もうそこにどんな特殊な性質をも発見できないまでに、それは石や河なみに、ひたすら頑固に日常生活に合体して存在しつづけているし、また無限にその意味をたずねることはできるが、しかしどうあらがいようもなく実在しているという点で、自然現象と同じ意味での文字となっている。塔が一日のうちのどんな瞬間にもパリのいかなる人の視線にもふれない、ということは殆どない。これらの文章をしるしながら、私がこの塔について語りはじめている今、それは窓で裁ち切られながらも、そこ、私の前に在る。また、一月の夜が塔の姿をぼやけさせ塔の存在を隠し、打ち消そうとしているように見えるときでさえ、二つの微光がともって塔の頂上をまわって静かにまたたきだす。この夜の間中、それはそこにあって、ああ塔を見ているなと私の承知している友人たちのすべてに、パリを越えて私を結びつける。この塔のおかげで、しっかりした中心部に塔のある流動体と、私たちはなるのである。塔は親しい友人である。’

ロラン・バルト『エッフェル塔』(p.9-10)

塔は、眼下に拡がるパノラマを期待する建造物だ。
ひとびとは、エッフェル塔から(むしろエッフェル塔そのものになって)、かつての街の記憶を想像する。

‘・・・パノラマ的な風景とは、まさに時間の持続そのものである。ここで、ふつうの知識の水準につまりパノラマの一般的な問題の水準に帰ってみよう(これは、あまり難しいことではないだろう)。ただちに四つの主要な時が、われわれの視線、つまりわれわれの意識の中に生じてくる。第一のもの、それは先史時代の時である。その時、パリはまだ水の下に沈んでいて、そこからわずかばかりの強固な地点が突出していたにすぎない。もしその時エッフェル塔が存在し、その二階に上った人がいたとするなら、彼の鼻は、波とすれすれのところにあったであろう。そして彼の目は、幾つかの低い島々、つまり現在のエトワール広場やパンテオンの丘を、木々におおわれたモンマルトルの小島を、そしてはるか遠くの二本の杭のようなノートルダム寺院の尖塔を、さらにその左の、この大きな湖を縁どるヴァレリアン山の斜面だけを見たことだろう。ところが今日では反対に、霧の季節ともなれば、人々は好んでヴァレリアン山に登り、まるで海の底から突き出ているようなエッフェル塔の最上部の二つの階を見ている。すなわち、先史時代のエッフェル塔と水とのこの関係が、現在まで象徴的に維持されているのである。というのも、エッフェル塔の一部は、埋めたてられた細いセーヌ河の支流の上に建てられており(そこは大学通りの端になるが)、その結果、塔はセーヌ河にかかる橋を守る役目をひきうけながらも、セーヌ河の一つの動きから生れでたように見えるからである。’
『エッフェル塔』(p.22)

ギュスターヴ・エッフェルは、橋の設計士だった。
そして、鉄を使うことによって、建築家から技術者に移行する。
鉄は、火の神話だ。強くて軽い物質、鉄は火と人間の労働によるエネルギーの生産物で、
自然に対抗する貪欲な進歩主義の象徴である。
エッフェル塔は、大地と街を空に結ぶ、立った橋だ。

塔を編む鉄のレースは、空をすかし街をすかし、ひとびとのこころをすかしみる。
その視線は、ともすると、人間の体験の最後の映像をもすかしみる。
自転車に乗ったまま塔を下った者、脚の間を飛行機でとおった者、
無限であるかのように思える可能性の先に、運命をもてあそび、
1912年には、複雑な羽根をつけた鳥人トレイシェルトが塔から飛び立ち、失敗して押し潰された。
エッフェル塔は、自殺の名所としても周知のことである。

エッフェル塔は、水と火の神話の象徴として、
また、あらゆるひとびとの“私”を眺め眺められる存在として、
時代や意味をこえて流動しつづける暗喩なのだろう。


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Calligramme de Guillaume Apollinaire (fr.wikipedia)


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July 13, 2013

Édouard Boubat

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Édouard Boubat from

_____ Boubat was born in Montmartre, Paris. He studied typography and graphic arts at the Ecole Estienne, and then worked for a printing company before becoming a photographer after WWII. He took his first photograph in 1946 and was awarded the Kodak Prize the following year. Afterwards he travelled the world for the magazine Réalités. The French poet Jacques Prévert called him a "Peace Correspondent." His son Bernard is also a photographer. _____
Édouard Boubat (en.wikipedia)

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July 12, 2013

L'écume des jours #252

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© photo by orangepeel

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July 11, 2013

L'écume des jours #251

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© photo by orangepeel

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James Gallagher

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Collages by James Gallagher via Diane Keaton ‏ (@Diane_Keaton) on twitter

*more James Gallagher

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July 10, 2013

Gudrun Heamägi

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Graphic novel Inferno 2013

from Gudrun Heamägi

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July 09, 2013

L'écume des jours #250

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© photo by orangepeel

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an irritating way of falling apart

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© hiromi suzuki, 2013

collage and watercolour painting on screen print.

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July 08, 2013

Nicéphore Niépce

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from

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Grauwald

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Grauwald (18.1.08)
2008
15 cm x 10 cm
Enamel on photograph

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Grauwald (29.1.08)
2008
15 cm x 10 cm
Enamel on photograph

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Grauwald (5.2.08)
2008
15 cm x 10 cm
Enamel on photograph

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Grauwald (8.2.08)
2008
15 cm x 10 cm
Enamel on photograph

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Grauwald (11.2.08)
2008
15 cm x 10 cm
Enamel on photograph

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Grauwald (14.2.08)
2008
15 cm x 10 cm
Enamel on photograph

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Grauwald (18.2.08)
2008
15 cm x 10 cm
Enamel on photograph

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Grauwald (12.3.08)
2008
15 cm x 10 cm
Enamel on photograph

_____ Grauwald (2008), as Wald, is a series of photographs Richter took in a forest near his home and subsequently overpainted with grey enamel. This series is dated. _____

from Gerhard Richter

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July 07, 2013

Citronnade Stand in Tuileries

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Citronnade Stand in Tuileries , pen and ink on paper : Sylvia Plath

_____ Frieda became the sole owner of her mother’s artwork. It was announced last week that those drawings would be collected in a book, edited by Frieda, and to be published by Faber and Faber in England (on shelves this September), and by HarperCollins in the U.S. (November). _____
“Sylvia Plath’s Daughter on a Remarkable Trove of Her Mother’s Drawings”

from TIME

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July 06, 2013

Andreas Gursky

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ANDREAS GURSKY | Rimini, 2003 | colour coupler print mounted on Plexiglas in artist’s frame

from PHILLIPS

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July 05, 2013

George Tice

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Porch, Monhegan, Maine, 1971

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Tree with carving, Paterson, NJ 1967

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Water Tower

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Wating Room

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Country Road

“I don’t speak emotionally about my pictures. That’s for other people to do. I will say that I love my photographs. That’s what keeps me going. That’s what keeps me ambitious.” – George Tice

from …y mientras tanto // …and meanwhile & Asher Neiman Gallery

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July 04, 2013

Nicholas Hughes

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“Immaterial” © Nicholas Hughes 2007

“What Hughes is doing with both verses of his elegy is asking us –‘ to slow down to find the still small voice of calm that in the darkness may yet be visible.’

By challenging himself to work within traditional media, Hughes is able to extract through the silver halides…… a luminosity of light that is life itself : spiritual , fragile, and sublime.”

- Bill Kouwenhoven 2007.

from Nicholas Hughes

投稿者 orangepeel : 07:02 PM | コメント (0)

July 03, 2013

The Painting of Schein

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Gerhard Richter "The Painting of Schein" 市原研太郎 著 (WAKO WORKS OF ART, 1993)

_____ 現代美術評論家、市原研太郎氏による日本初の本格的なリヒター論。_____

ウッディ・アレンの映画『地球は女で回ってる』(1997)では、ずーっとピンボケのロビン・ウィリアムスに笑ったが、
最近、“眼がかすんで世界がぼやけて見えている”というかんじが気に入っていて、
日誌がわりのコラージュブックは、
いきあたりばったりに目にとまった色の水彩絵具で、
頁が日々の、ため息のため池になってます。
まわりでも、写真や絵に、ゲルハルト・リヒターのフォト・ペインティング的な作風がよく見受けられるけれど、
心理学用語でいうところの“解離”が、自身や社会に起きているのだろうか。
水面下の抑圧から、忘却という防御の壁をつくっているのだろうか。

ところで、解離はネガティヴなものか。
意識が見知らぬ場所へ、ここではないどこかへ旅してしまうことは、
(絵画や写真や詩や小説のみならず)表現そのものだと思っている。

そんな中、偶然、古書店で『ゲルハルト・リヒター ペインティング オブ シャイン』を見つけ読了。

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Flemish Crown
1965
90 cm x 110 cm
Oil on canvas
from Gerhard Richter » Art » Paintings » Photo Paintings » Household Icons

‘・・・リヒターの作品を見ればわかるように、抽象絵画のみならずフォト・ペインティングでもそのイリュージョン(空間)は閉じている。というよりも、事物や空間の境界が不明瞭なために宙に浮んでいるように見える。その理由は、フォト・ペインティングでは描かれた諸対象がぼかされているので、その写真の焦点がおそらく手前に合わされていると、わたしたちが勝手に思いこむためだ(実は、見ているのはピントのずれた写真ではなく、まさに絵画的テクニックを用いて描写されたイメージだというのに!)。わたしたちは自分の視線の注意を、描かれた事物の手前に集めようとする。勿論、そうしたことはできるはずもない。絵画も写真も物理的には平面であって、その表面の全体か、あるいは部分にしか注意を集中できないからだ。フィギュールがぼかされていることも相まって、このことによって画面の奥行きは向かう空間のベクトルが途中で消滅するように思われる。’
『ゲルハルト・リヒター ペインティング オブ シャイン』 (p.30-31)

‘・・・かれの絵画に固有のネガティブな空間は、他のどのようなイメージとも異なってどこにも明確なレファランスをもたないので、現実世界の一定の場所に属することがなく、したがってその代理や等価物として存在することがない。つまりその空間は、現実の事物であれ、個人の内面であれ、その外部を指示することがないのである。それは、そこだけにしかない。しかし、それはそこにはありえない(ということは、それはどこにもない。にもかかわらず、それはつねにいたるところにある、を意味する。ところで、これこそユートピアの特徴ではないのか)。リヒターのイリュージョン空間の存在論的なステータスは、このようなものである。’
『ペインティング オブ シャイン』 (p.44)

ゲルハルト・リヒターの社会的背景をふりかえってみる。
wikipedia によれば、
「旧東ドイツのドレスデンに生まれる。地元の芸術アカデミーで1951年から56年まで絵画を学ぶが、共産主義体制に制約を感じ、ベルリンの壁によって東西ドイツの行き来が禁止される寸前の1961年、西側のデュッセルドルフに移住。デュッセルドルフ芸術大学に入学。独自の作風を展開していく」
とあるが、
リヒターは、東ドイツにいたころ、社会主義と資本主義の中間の民主社会主義的な思想に傾倒していた。
また、西側に移り住んでからも、資本主義を手ばなしで歓迎していたわけではない。
官僚主義と無節操なリベラリズムは、個人の想像力-創造力を枯渇させるからだ。

‘「イリュージョン____ より適切には仮象、光 (Schein)_____ が、わたしの生涯の主題だった。・・・・・存在するすべてのものが立ち現れ、輝き、わたしたちの目に入る。というのも、わたしたちはそれらが反射する光を知覚して、他のものは何も見ないからだ。」(八九年一一月二〇日付のノートから)’
『ペインティング オブ シャイン』 注釈.11 (p.108)

 ‘ベンヤミンのテクストに、有名な「歴史の天使」の記述がある。勿論、リヒターは近代の終わり、もしくは近代のあとの時代に位置しているから、ベンヤミンのこの天使に譬えることはできない。しかしわたしの眼には、かれの描く絵画が、その天使の瞳に映し出された廃墟のイメージに思われて仕方がないのだ。おそらくその理由は、かれのそうしたポジションが、進歩とよく似た強風にあおられて後ろ向きに吹き飛ばされているようなイリュージョンを与えるからではないだろうか。そしてこの場合、この強風には「希望」という名前がつけられているのである。’
市原研太郎 『ペインティング オブ シャイン』 (p.102-103)

「後ろ向きに吹き飛ばされているような」強風。
リヒターの、ピントがずれた写真のようなペインティングに、
ユーモアすら感じることがあるのは、
そこに、希望があるからなのだろうか。


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投稿者 orangepeel : 10:59 PM | コメント (0)

July 02, 2013

I am ready

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© hiromi suzuki, 2013

collage and watercolour painting on screen print.

投稿者 orangepeel : 05:04 PM | コメント (0)

July 01, 2013

Modern Paris

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「鹿島茂コレクション3 モダン・パリの装い 19世紀から20世紀初頭のファッション・プレート」展

2013年7月14日−9月8日 @練馬区立美術館

_____ 19世紀から20世紀初頭のアール・デコの時代までに描かれたファッション・プレート(ファッションイラストの版画)を紹介し、それぞれの時代の流行のファッションから、華やかな女性の装いを展覧します。また、フランス史に名を遺した高貴な身分の女性たちの装いや地方の伝統的衣裳、職業別の装いなどの風俗描写、文学作品の豊かな世界観を再現したエレガントな挿絵を通して、フランス近代の熟達したイラストレーションの世界を披露します_____

*明大前駅ホームで告知ポスターをなでてしまった。つや消しのプラスチックのような材質、うつくしいです。

投稿者 orangepeel : 07:38 PM | コメント (0)