January 29, 2012

italiano

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© illustration by hiromi suzuki, 2000

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© illustration by hiromi suzuki, 2005

NHKラジオ『イタリア語講座』テキスト表紙イラストレーション。

投稿者 orangepeel : 07:29 PM | コメント (0)

January 28, 2012

We Can Work It Out


The Beatles-We Can Work It Out

投稿者 orangepeel : 09:39 PM | コメント (0)

January 27, 2012

ABC3D


ABC3D

Pop-up book's aren't just for kids there for Graphic Designers too.

from dandad (D&AD) on twitter

投稿者 orangepeel : 07:50 PM | コメント (0)

January 26, 2012

Something old, something new...

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from STIL inspiration

投稿者 orangepeel : 10:27 PM | コメント (0)

January 25, 2012

L'ecume des jours #146

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© orangepeel

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January 24, 2012

L'ecume des jours #145

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© orangepeel

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January 23, 2012

Troll Sign

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Troll Sign, Nordic Village Bridge Shanty

from Walker Blogs via printmakingblog (Printmaking Journal) on twitter

投稿者 orangepeel : 10:11 PM | コメント (0)

Sleeping Shed

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Finnish Garden Sleeping Shed

from Cabin Porn

投稿者 orangepeel : 07:27 AM | コメント (0)

departure

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new suitcase

そろそろ旅立ちます(ウソ:笑)。

投稿者 orangepeel : 06:44 AM | コメント (0)

January 22, 2012

Roller Coasters

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1885: LaMarcus Thompson patented the first Coney Island roller coaster called the Gravity Switchback Railway

from BRITANICA via examiner via fromyourdesks (Kate Donnelly) on twitter

投稿者 orangepeel : 11:15 PM | コメント (0)

January 21, 2012

Art Finds

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Jonas Wood, Untitled (Blue on White), Oil on Treated Cardboard, 2010

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unknown indian artists

from Pinterest

* Thanks for introducing me → “ screen print by hiromi suzuki

投稿者 orangepeel : 08:46 PM | コメント (0)

January 20, 2012

Plein soleil

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© hiromi suzuki, 1988

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January 19, 2012

L'ecume des jours #144

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© orangepeel

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January 18, 2012

Trieste

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The Kyusyu Neuro-Psychiatry Vol.57 No.2 2011

九州神経精神医学 別冊
第57巻 第2号 平成23年8月

_____ 特別寄稿
    イタリア・トリエステ, ベローナの
    精神科医療施設訪問記
          
        下中野大人 _____

毎年、海外研修旅行をされている下中野大人様から『九州神経精神医学 別冊』別刷りをお送りいただき、
「素人が手にしてもいいものか... 」と気がひけつつも、大変興味深く読ませていただきました。

イタリア・トリエステ、といえば須賀敦子の随筆の数々をおもいだす。
トラムの走る石畳の、文学と芸術の街。
東ヨーロッパからの移民が多いことから古い壮大な正教会があります。

 ‘今回はわたしが担当することになった。そこで、現地での見学風景を思い出したり、メモや、すでに発表されている資料、論考などを読むうちに、ふとわたしの頭によぎったのは、きわめて卑近な二つの症例(ただし一つは“例”にはなっていない)であった。一人は20才代初めに発症し、すでに数回の入院歴がある統合失調症の女性で、筆者のクリニック外来に通院し、訪問看護や作業所通所で支えながら単身生活を4年ほど送っている方であった。その方が急に症状が悪化し、市長同意の医療保護入院となり現在10ヵ月過ぎている。もう一人は60歳くらいの男性で、わたしが通勤する駅で時折見かける方である。いつもよれよれの乱れた服装で、髭は伸び放題、あてもなく駅構内をうろついたり、ベンチに座っていたりする。うつむいて寝ているようすのこともあれば、ひとりごとをムニャムニャ言ってるのが遠目にも分かることもある。間違いなく統合失調症の患者であろうが、だれがどうこうすることもなく、少なくともこの3年くらいは駅に出没している。イタリアならこの2人をどのように処遇するのだろうか、と考えたのである。’
『九州神経精神医学』 / 下中野大人「イタリア・トリエステ, ベローナの精神科医療施設訪問記」. はじめに (p.106)

‘......... 三つ目は、コミュニティケアがうまくいく要である、医療関係機関内(精神保健局、精神保健センター、家庭医、総合病院など)の連携の良さおよび行政からのバックアップの良さ、四つ目は既述した、特に北イタリア地方の、異質なものを排除しない文化的伝統である。
 さてここで、冒頭の2人の患者のイタリアでの処遇を想像してみたい。まず最初の女性は、10ヶ月も入院させられていることではないであろう。なぜならそれは法律違反であるからだ。かなり症状が残っていたとしても、せいぜい2,3週間程度でまずはグループホームに入所してもらうか、ソーシャルワーカーが親族を説得し同居する方向にもっていくだろう(なにせイタリアは上述のように精神病患者の70%の患者は家族とともに暮らしている)。もう一人の男性は、やはりソーシャルワーカーがコンタクトを試み、家族や家庭医の有無などを調べ、精神保健センターにケースとして登録し、必要に応じ短期の入院を経て家族のもとに戻るか、グループホームなどへの入所となろう。ただし、ひょっとしたら放置、見守りということにまるかもしれないとも思う。’          
. 見学 (p.109)

 ‘北イタリアの精神科医療の改革は様々な議論はあるものの、おおむね成功しているとみられている。それには、ここで論じた様々な理由があるだろう。しかし筆者には、ベローナ大学のブルチ教授が、受講者の一人の森山が、「この成功はバザーリアがいたからなのか、政治家が動いたせいなのか、行政が後押ししたのか、あるいは文化的要因なのか、どうお考えですか」と質問したのに対して、「ファミーリア」と一言で答えたことが忘れられない。’
. おわりに (p.109)

ファミーリア。

以前、東京都副都知事に「都市開発税を納税している都民です。ホームレスの人びとには失業という理由だけでなく、精神疾患をお持ちの方もいらっしゃるかとおもいます。そのようなひとびとを保護する施設をつくれないものでしょうか」と血気に任せて直訴したことがあります(ああ...恥ずかしい。しかし、いつ誰の身におこるか分からないことですから... )。

でも、そう。
ファミーリア。

職も家もなくても、家族・親族がいるはずで
日本での自殺者が絶えないのは、家族の無理解にあると考えられます。
そして本来、ささえあうあたたかな“家族”がコミュニティの、世界の根源なのですよね。

***

鞠を手にもった、 ぼくの娘は、
空のいろした、 おおきな目をして、
かるい夏服を着て。 パパちゃん、
と言う。 今日はいっしょにおでかけしたいの。
ぼくはつくづく考える。 この世でとびきりに
みえる物たちのいったいどれに、 ぼくの
娘をたとえるべきか。 たとえば、
泡。 しろい波がしらの海の泡だ。 青く
屋根から立ちのぼっては風に散る、 けむり。
そして、 雲。 あかるい空に、 かたまっては、 くだけ、
くだけては、 かたまる、 あるかないかの雲。
軽くて、 漂う、 すべてのものたちに。

「娘の肖像」 『ウンベルト・サバ詩集』 ウンベルト・サバ 著 / 須賀敦子 訳 (みすず書房, 1998)

***


下中野先生、お忙しいところ貴重な資料を頂戴し、ありがとうございました。
この場をかりて御礼申し上げます。


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投稿者 orangepeel : 11:34 PM | コメント (4)

January 17, 2012

January 16, 2012

Amazing space

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from STIL inspiration.

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January 15, 2012

The Arne Jacobsen House


Deluxe: The Arne Jacobsen House | euromaxx

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January 14, 2012

Salad Days


Young Marble Giants - Salad Days

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I Saw The Light


Mood Six - I Saw The Light

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January 13, 2012

L'ecume des jours #143

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© orangepeel

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January 12, 2012

だれのための仕事

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『だれのための仕事―労働VS余暇を超えて (21世紀問題群ブックス (9)) 』 鷲田 清一 著 (岩波書店、1996)

_____ 愉しい仕事もあれば,辛い遊びもあるというように,現代都市生活では,旧来の労働と余暇の対比が無意味となることが増えている.われわれの活動とその価値はどのように方向づけられるのか.人間性の深みにおりて,労働観・余暇観の歴史をふりかえり,ポスト産業社会における人間活動の未来を予測する. _____
出版社/著者からの内容紹介

わたしたちは仕事をする。
なんのために?
自己実現か。
それとも
将来のためか。

ひとは年老いたとき、「あの苦労はなんだったのだろう」となげく。
労働に従事しているときは未来を生き、仕事を引退したときは過去に生きている。
「現在」をたのしんでいきることができないでいるのだ。

「青い鳥」幻想というのがある。
ひとは不安にかられたとき、「自分の居場所はここではない。
もっとじぶんらしく生きることができるのではないか」という幻想を抱く。
鷲田氏は、ボードレールの詩を引用している。

 ‘この人生は一の病院であり、そこでは各々の病人が、絶えず寝台を代えたいと願っている。ある者はせめて暖炉の前へ行きたいと思い、ある者は窓の傍へ行けば病気が治ると信じている。
 私には、今私が居ない場所に於て、私が常に幸福であるように思われる。従って移住の問題は、絶えず私が私の魂と討議している、問題の一つである。
 「私の魂よ、答えてくれ、憐れな冷たい私の魂よ、リスボンヌへ行って住めばどうであろう?あそこはきっと暖かだから、お前も蜥蜴のように元気を恢復するだろう・・・・・・(中略)」
 私の魂は答えない。
 「お前は、運動するものを眺めながら休息するのが、それほど好きな性分だから、和蘭へ行ってあの至福の土地に済みたくはないか?・・・・・・(中略)」
 私の魂は黙っている。
 「バタビアの方が更にお前の気に入るだろうか?あそこでは、熱帯地方の美と融合した、欧羅巴の精神が見られるだろうが。」
 一言も答えない。・・・・・私の魂は死んだのだろうか?
 「それではお前は、もはや苦痛の中でしか、楽しみを覚えないまでに鈍麻してしまったのか?もしそうなら、いっそそれでは、死の相似の国に逃げだそう・・・・・・。憐れな魂よ! 私が総てを準備しよう。トルネオへ旅立つべく、我らは行李を纏めよう。そしてなお遠くへ、バルチックの尖端へ赴こう、更になお遠くへ、出来るなら、人生から遠ざかって、我らは極地へ赴こう。・・・・・・(中略)」
 終に私の魂が声を放ち、いみじくも私にむかってこう叫んだ、「どこでもいい、どこでもいい・・・・・、ただ、この世界の外でさえあるならば!」’
『だれのための仕事』 第1章「前のめりの生活」 1 <線としての人生> 「青い鳥幻想」 (p.22-23)

私の場合、仕事と趣味のボーダーが曖昧であるが、原稿料を頂いている以上しごとは仕事であり社会的責任がある。
自戒をこめて思うのは、仕事以外の趣味にかなりのこだわりと時間とプライドをさくひとびとのことだ。
そこには、どこか、「遊び」がかんじられず、排他的で時に息苦しい印象さえある.....

 ‘ロナルド・D・レインもアイデンティティについて次のように定義する。「アイデンティティとは、それによって、この時この場所でも、あの時あの場所でも、過去でも未来でも、自分が同一人物だと感じるところのものである」と。持続、つまり時間をつうじての同一性のなかにアイデンティティのもっとも重要な意味をみている。ところが、それにつづく文章がちがう。レインは、右の文章につづけて、「それは、それによって、ひとがそのひとと認められるところのものである」というのである。これは、他者の他者としての自己という、前節で規定したあの論点を思いださせる。ちなみに、デンマークの「憂愁の思想家」キェルヶゴールも、「自己が何に対して自己であるかという、その相手方がいつも自己をはかる尺度である」と書いている。
 一貫性はたしかにたいせつである。じぶんを一貫して同じしかたで観ることができる。他者からもまたそのように見られるということが、<わたし>というものの同一的な存在をかたちづくるからである。もしこれが崩れたら、「全世界を一括して束ねていた輪止めがはずされる」(レイン)といっても過言ではない。が、「他者からもまた」という契機がすっかり脱落してしまったら、わたしたちの生はリアリティの繫留点を見失って、空想的なものとならざるをえないだろう。<わたし>はだれかという問いは、したがって、わたしの自己理解のなかにあるのではなく、他者がじぶんを理解するそのしかたのなかにあるのでもなく、その二つが交錯し、せめぎあうその現場にこそあるといわなければならない。<わたし>は自分がそうおもっているものでもでもないが、他人がそうおもっているものでもないのである。’
第4章「<労働>vs<余暇>のかなたへ」 1 ホモ・ヴィアトール あるいは、途上にあるという感覚 「アイデンティティの根拠」 (p.167-168)

日常生活における「労働と「余暇」の、時間やこころもちの分断は、資本主義の洗脳である。
鷲田氏はしめくくる。

 ‘「ともに生きてある」という感覚が仕事のなか、遊びのなかで生成するとき、あるいはまた、わたしたちそれぞれがそれとの関係でじぶんをはかる、そういう軸のようなものが、世界のなかで、そしてわたしたちのあいだで生成しつつあると感じられるとき、それをひとは「ときめく」と表現するのだろう。現在を不在の未来の犠牲にするのではなく、<いま>というこのときをこそ、他者たちとのあいだで「時めかせ」たいものだ’
第4章「<労働>vs<余暇>のかなたへ」 1 ホモ・ヴィアトール あるいは、途上にあるという感覚 「行き先よりも途中の旅」 (p.180-181)

人生は計画通りにはいかない。
現在の私たちは、それを身をもってしりました。
せめて日々ときめいていたいと思う、きょうこのごろです。


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投稿者 orangepeel : 07:17 AM | コメント (0)

Trompe l'oeil

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Illuminated (2011)

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North (2010)

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Transparent Body (2010)

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Fair Share (2010)

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In Order Of Appearance (2009)

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Transit (2009)

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Quarter Turn (2007)

Trompe l'oeil paintings of layered paper & tape

from Kees Goudzwaard via presentcorrect (Present and Correct) on twitter

投稿者 orangepeel : 06:35 AM | コメント (0)

January 11, 2012

SALAD DAYS

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© watercolor paintings by hiromi suzuki

原画を整理していたら、押入れの奥からでてきた美術学校時代の大きなB2サイズ(515 × 728 mm)の水彩画。

どこか物憂げなのは、モデルの憂うつ?
若かった作者の、青年の憂うつ.....

forbidden to copy illustrations without permission
(イラストレーションの無断転用・転載は固く禁じます)

投稿者 orangepeel : 12:41 AM | コメント (0)

January 10, 2012

Josef Alber

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Josef Alber's album covers

from MINUS SPACE via presentcorrect (Present and Correct) on twitter

投稿者 orangepeel : 06:51 AM | コメント (0)

Qui cherche trouve

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© screen print by hiromi suzuki

投稿者 orangepeel : 06:23 AM | コメント (0)

canary

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© screen print by hiromi suzuki

投稿者 orangepeel : 06:10 AM | コメント (0)

January 09, 2012

Under Milk Wood

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© screen prints by hiromi suzuki

投稿者 orangepeel : 04:50 AM | コメント (0)

January 08, 2012

好き? 好き? 大好き?

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『好き? 好き? 大好き?―対話と詩のあそび』 R.D.レイン 著 / 村上光彦 訳 (みすず書房、1978初版)

_____ 1950年代末から1960年代にかけて、統合失調症(旧名「精神分裂病」)の患者を入院治療によって隔離・回復させようという当時の主流の精神医学に対し、むしろ地域に解放し、地域の側の認識を変容させることで治癒させることをめざす「反精神医学、anti-psychiatry」運動を提唱・展開し、デヴィッド・クーパーとともに同運動の主導者とみなされている。この運動はまた、のちの家族療法や、『アンチ・オイディプス』などを書いたフェリックス・ガタリ、ジル・ドゥルーズなどにも影響を与えた。また、当時活発であった実存主義の哲学者サルトルらとの交流も深く、それまでの精神科医の多くと異なり、患者の病的行動から、患者の実存的境地を理解しようと努めたところが特筆的である。_____
wikipedia ロナルド・D・レイン より

‘ときおりわたしは来る
ときおりわたしは行く
だがどちらがどちらとも
わたしは知らない

ときおりわたしはあり
ときおりわたしはいない
だがどちらとも
わたしはわすれた’
『好き? 好き? 大好き?』 FOUR, 33 (p.97)

‘わたしが死ぬと
あなたは泣くでしょう

わたしが行ってしまうと
あなたはあくびをするでしょう

熱愛されないと
あなたは退屈するでしょう’
SIX, 44 (p.110)

‘言いあてることができたな
               ぼくはきみの目を見て
きみは落ちてきたのさ
               大空からねって


        青いところからだよ
        きみがいたのはあそこ

だけどぼくは知ってた ほんとうはそうじゃないって
そしてきみは飛び去った
               遠いかなたへ’
SIX, 48 (p.114)

‘デイジー、デイジー
ぼくたちこれからどうしたらいい?
ぼくはなかば狂ってるよ
恋してしかも憎んでるよ きみのことを

ぼくはこんなにちぐはぐなのに
とにかく妖精ではない

ぼくたち もし別れたりしたら
ぼくの心臓は割れちゃうだろうな
もうとっくに二つに裂けているよ’
SEVEN, 49 (p.115)

『好き? 好き? 大好き?』は、精神科医R.D.レインの詩集として度々ひもといていましたが、
せつなくささやかれている言葉の数々は、精神疾患をもつ患者さんたちとの対話なのですね。
あらためて認識いたしました。

 「じっさい、弱い人はどこにでもいます。すぐれた精神医学者であられた島崎敏樹先生がどこかで書いておられたように、機構が支配する世界においては、自分が社会の歯車だと思えたらいいほうで、たかだか一本の小さいねじ程度のものでしかないとしか考えられなくなることがあるものです。そんなとき、人は必死になって、自分の人格の独立を願い、人格どうしの連帯を求めるのです。『結ぼれ』の「訳者あとがき」でも述べたとおり、今日の社会にあってはマルティン・ブーバーのいう《人格的相互関係》の存在が困難になっているので、圧しひしがれそうになった人格の悲鳴がいっそう鋭く聞こえてくるのです。
 物品として扱われることに怒りをおぼえ、まして回収不能の廃品として処分されそうになって恐怖に駆られるとき、しかも《人格的相互関係》を求めてのあがきが無駄とわかったとき、人は《石とならまほしき》思いを嚙みしめるにいたります。その思いが一方的に進行するとき、ついにレインが『引き裂かれた自己』で述べている《石化》の現象が始まるのです。《石とならまほしき》思いを歌うことができるほど、詩人としての表現力に恵まれていて、みずからの内的経験に整った形を与えられれば、救われもします。ところが、妄想という名の内的経験が心に根を張り、侵食作用を仮借なく続けるとき、描写の内面にレインのいう石化現象が生ずるのです。
 レインが『結ぼれ』(一九七〇年)や本訳書のなかで示している数々の人間模様のなかには、石化への恐れ、すなわち《生きた人間から死んだ物に、つまり行動の人間的自律性を欠いた死物、石、ロボット、オートメーションに、主体性のないものに変わる、ないしは、変えられる可能性についての恐れ》(坂本健二・志貴春彦・笠原嘉の三氏の訳による)に憑かれた病者の苦悩を反映したものが見られます。」
『好き? 好き? 大好き?』 訳者あとがき (p.156-157)

カート・ヴォネガットに『炭鉱のカナリア理論』というのがあるそうです。

「すべての表現者は炭鉱のカナリアのように、誰よりも先に危険を察知して世間に告げる」。


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投稿者 orangepeel : 08:17 AM | コメント (0)

January 07, 2012

Goodbye Yellow Brick Road


ELTON JOHN - Goodbye Yellow Brick Road (TOTP 1973)

When are you gonna come down
When are you going to land
I should have stayed on the farm
I should have listened to my old man

You know you can't hold me forever
I didn't sign up with you
I'm not a present for your friends to open
This boy's too young to be singing the blues

So goodbye yellow brick road
Where the dogs of society howl
You can't plant me in your penthouse
I'm going back to my plough

Back to the howling old owl in the woods
Hunting the horny back toad
Oh I've finally decided my future lies
Beyond the yellow brick road

What do you think you'll do then
I bet that'll shoot down your plane
It'll take you a couple of vodka and tonics
To set you on your feet again

Maybe you'll get a replacement
There's plenty like me to be found
Mongrels who ain't got a penny
Sniffing for tidbits like you on the ground

So goodbye yellow brick road
Where the dogs of society howl
You can't plant me in your penthouse
I'm going back to my plough

Back to the howling old owl in the woods
Hunting the horny back toad
Oh I've finally decided my future lies
Beyond the yellow brick road

___ Goodbye Yellow Brick Road
Music by Elton John
Lyrics by Bernie Taupin___

投稿者 orangepeel : 11:52 PM | コメント (0)

January 06, 2012

Yet Another World

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This year's program brochure features the work of 19th-century French illustrator Jean Marc Côté, whose 1899 series of cigarette cards imagined what life would be like in the year 2000.

Yet Another World
—Literature of the Future—
the 30th annual Key West Literary Seminar
January 5–8, 2012

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January 05, 2012

BCCKS

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BCCKS © orangepeel, 2008

投稿者 orangepeel : 08:24 AM | コメント (0)

January 04, 2012

Flannery O'Connor

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『フラナリー・オコナー全短篇〈下〉』フラナリー・オコナー 著 / 横山 貞子訳 (筑摩書房、2003)

_____ アメリカ南部の農場から世界を見渡して描く、深い衝撃とふしぎな解放感。死後刊行の第二短篇集と年譜収録。 _____
内容(「BOOK」データベースより)

紅斑性狼瘡という難病により、39歳で亡くなるまで母親の営むジョージア州の農場に療養せざるをえなかったフラナリー・オコナーは一貫して米国南部を舞台に、ちいさな町のなかで蠢く市井の人々の傲慢と自嘲、あるいは家庭や社会での支配者と被支配者の滑稽な関係性をグロテスクに書き続けた。

生きる環境は創造を矮小化するか。

2003年に単行本を購入して以来、ページが進まなかった『フラナリー・オコナー全短篇』を下巻から読み始めたのだが、フラナリーの冷徹な筆致には隠遁者の陰はなく、むしろ世界にあけすけな光を照射し真実を暴いている脅威を感じた。

「南部人の作家として、私は自分の知っている土地の言葉と生活習慣をもとに書く。だが私は、南部について書いているとは考えない。広島に落ちた原爆は、ジョージアの農村生活に対する私の判断に影響するのである」
(「文学の教育は可能か」)
『フラナリー・オコナー全短篇〈下〉』 訳者あとがき (p.378)


私たちは旅をする。
買い物や食事や通院などであたらしい場所へ移動するが、
列車や飛行機やバスの中の人間はただのcargo(貨物)にすぎない。
降り立った町にどこか既視感をおぼえるのは、考える主体は自分でしかないからだ。

cargoになって「すべて上昇するものは一点に集まる」(p.7)を訪れる。
「グリーンリーフ」(p.31)〜「森の景色」(p.67)にたどりつく。
「障害者優先」(p.169)でしばらく降車する。
見覚えのあるのは、親切な善人面した父親や、特権階級を自慢する母親や、
死をおそれる文学青年や、摂食障害の少年で、
それは、理解しあえない誰かのようで、私自身でもあるのだ。

「希望を持たない人びとが、小説を書くことはない。それどころか、そういう人は小説を読みもしない。希望をもたない人は、なにかを長く見つづけるようなことはしない。その勇気がないからだ。絶望に至る道とは、なんであれ経験を拒むことである。そして小説は、もちろん、経験する方法である。」
(「小説の本質と目的」)
訳者あとがき (p.380)


善人はなかなかいない。
ほとんどの作品には、フラナリー・オコナーの代表作タイトルが通低していて、
「あっ!」と声をあげてしまう展開にあっけにとられ、読了後しばらくしてからずっしりときます。


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投稿者 orangepeel : 08:08 AM | コメント (0)

January 03, 2012

Andalusia: Photographs of Flannery O'Connor's Farm

Andalusia, Spring and Summer 2007:
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Andalusia, Winter 2008:
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© Nancy Marshall from Southern Spaces

投稿者 orangepeel : 06:37 AM | コメント (0)

winter bargain

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© illustration by hiromi suzuki

JR赤羽駅前 ショッピングセンター・ビビオ
ウィンターバーゲン開催! 1/3(火)〜1/9(月・祝)

館内ポスター等のイラストレーションをてがけております。

投稿者 orangepeel : 05:10 AM | コメント (0)